イラストレーターのjon covetです。今は絵を描くことが自分の夢であり生きがいなのですが実は昔は違ったんです。

真剣に真剣に挑んで壁を超えられなかった夢がありました。

足掛け16年ほど自分にできる限りのことはしたつもりだったんだけど届きませんでした。

今日は2019430日、 平成最後の夜 (執筆開始時)つまらない内容かもしれないけど自分の気持ちの整理としてここに残しておこうと思います。

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はじめに

僕の人生には結果という物がない

そんなことはないと言ってくれる人はいるし僕も言ってくれようとしていることは痛いくらい良く分かってる。その通りだって思う。ありがとう。

だけどだけどね僕自身がやってきたことには目標があって理想像があった。いつもいつもあと一歩届かずに終わってしまう。そんな事を繰り返すうちにいつしか飛べなくなってしまった。

得た物は数え切れないくらい多いがそれは僕が思う結果ではなかった。 僕が言う結果はもちろんお金のことでも立場のことでもない。 ただ一つ、努力が報われたと感じる瞬間がいつか来るって本気で信じてた

この記事は愚痴にはしたくない、僕が経験してきた屈辱や敗北感を越えて最後は希望で終わる予定だ。それでは物語の始まりから綴っていく。

19歳シルバーアクセサリとの出会い

 

何もせず時間だけが過ぎる人生

当時は時間が有り余っていた、軽いひきこもりだったんだと思う。趣味はパワプロって言う野球ゲーム。選手を育て自分だけのオリジナルチームを飽きずにせっせと作っていた。一人でコンピューター相手にペナントレースを何周もしたりして成績をつけていた。友達もやりたいこともなかった。

社会復帰とシルバーアクセサリー

僕が19歳のころ、片親で育ててくれている母親にこれ以上迷惑はかけられないと思いアルバイトを探しはじめた。このままじゃいけないって。 極度の人見知りのため時間はかかってしまったが冷凍食品を扱うバイト先の工場で働き始め、仕事にも少しずつ慣れ、友達もできた。

バイトが5時に終わるとやることもないので夜にもう一つアルバイトをしたいと思うようになった。働いてお金をもらうのは嫌いじゃなかった。時間はすぎるし。

そこで時給の良かった隣町の飲み屋で昼の仕事が終わってから夜働き始めるのだがそこで忘れられない先輩と出会う。レオン先輩だ。殺し屋が主人公の映画「レオン」から取られた仇名だ。

オーナーがあだ名をつけるお店で顔が怖いという理由で付いたらしい。っていってもジャンレノ似ではなくどちらかというと「ナニワトモアレ」という漫画に出てくるゼンちゃん似。

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かなりめちゃくちゃな人だったが世間知らずだった僕にいろんなことを教えてくれた。

今思えば僕の世間知らずの方がめちゃくちゃだったような気すらする。

そんなレオンさんがある日クロムハ―ツのリングをしていた。お客さんからもらったというそのリングの重量感の中に気品のあるデザインに僕は一目ぼれをした。

それまでアクセサリーに全く興味のなかった僕は指輪が欲しくなりシルバーアクセサリーの店を初めて訪れたが衝撃的な値段に腰が砕けて足が震えた。

「こんなにするの?」逆立ちしたって買えない。 そんな時にふと横を見るとアクセサリーが作れる銀粘土セットなる物があることに気が付いた。それを見ていると簡単そうでこれなら自分でも作れる気がして買って帰った。

火花散る瞬間

帰宅し説明書を読むと粘土で成形して専用の窯に入れてレンジでチンすればいいだけらしい。早速取りかかるも出来たものはガタガタだし燃焼不足で焼け切れていない部分もありで散々だった。

上手くいかずどうしたものか考え本を買ってきて勉強した。僕は結構勉強家なんです。まあマニュアル人間ってだけだけど。そういう指南書って結構大事で経験しなくちゃわからないことを経験している時間の節約になるよね。話は戻り余っていた粘土で再挑戦した指輪がこちら。

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できの良さに僕は興奮した。

何もなかった僕の人生に火花が散った初めての瞬間だった。

大げさではなくこの時に僕の人生は決まった。この道で食べていけるかもしれない。パワプロで良い選手を作った時の何倍も興奮した。きっと自分の中にある才能というものに触れられたのだろう。これは自分の未来との出会いだった。

僕は僕になれるかもしれない そこから数点を粘土で作り自信をつけどうやったらプロになれるかを考えた。どかこで働いて覚えるのが良いんじゃないかなと思い探すも何をどう探せばいいのかがわからない。

そんな時に何気なく親にそのことを相談をすると近所の○○さんの娘さんがアクセサリー屋さんの方と結婚をしてお店をやっているというではないか早速アポを取ってもらい電車に飛び乗った。19歳、なんてったってやりたいことだし時間はあった。

プロとの出会いそして教室へ

商店街の一番奥にあるビルの一階が工房だった。奥さんが僕のことを待っていてくれてお店を案内してくれた、入り口に面した部分で販売をしその奥が工房になっていて奥は結構広い、ここを拠点に全国に卸しているらしい。

何名か職人さんがいたように思う。その中に旦那さんがいた。とても優しい方でいろんなものに興味があった僕に色々親切に教えてくれた。

中にいる職人さんが誰も銀粘土を使っていないのを不思議に思いそのことを尋ねると。「銀粘土?」みたいなリアクションでそんなものは使っていないとのこと、

ここ重要なのでもう一度言うがそんなものは使っていない(笑)

鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた僕に旦那さんがプロは主にこれを使うと教えてくれたのがこの後、僕がずっと向き合うことになる材料WAXだ。

ロウソクのような素材でそれを削り原型にして石膏で固めて焼いて、Waxを溶かしできた空洞に銀を流し込む。この製法のことをロストワックス製法という。日本語だと鋳造。

お伺いした工房は鋳造設備もあり詳しく話を聞くことができた。自分の知らないことの多さに驚いた。粘土で作った物が急に恥ずかしく感じた。

今後についての話になり。できたら働きながら技術を覚えていきたいことを話すと、正直に職人としてやっていくには少し厳しいと思うとのこと。

一度自分の先輩がやっている彫金教室に行ってみて実際に作業に触れてやれるかどうかを試してみたらと提案されて地図を描いてもらいお礼を言いその足で教室に向かった。19歳、なんてったってやりたいことだし時間はあった。

続く

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