イラストレーターのjon covetです。今は絵を描くことが自分の夢であり生きがいな僕ですが実は昔は違ったんです。真剣に真剣に挑んで壁を超えられなかった夢がありました。足掛け16年ほど自分にできる限りのことはしたつもりだったんだけど1つの結果も出せず届きませんでした。今日は2019年4月30日、 平成最後の夜 (執筆開始当時)つまらない内容かもしれないけど自分の気持ちとしてここに残しておこうと思います。

本とネットが先生だった。

「強みの上に築け!」(Build on strength)

短所、苦手なことを補うための努力をするよりも自分が得意なこと、強みの上に物事を築いていくことが大切だというドラッガ―の有名な言葉。効果的、価値的ではないという意味。日本は平均教育なのでオールマイティーを尊ぶが世界の知性は個性を伸ばせという。 自分の力のなさを痛感するだけだった教室時代。僕は弱みを克服しようとしもがいていた。じゃあ僕の強みとは何だったのか。今なら分かるWAXだ。

WAXとの出会い

教室をドロップアウトし自宅で材料や設備をそろえはじめた。やろうと思っていたアクセサリー作りは主にワックスの原型制作だった。以前書いたロウソクのような素材に彫る盛る等の加工をしてアクセサリーの原型にする工程だ。 制作に関する本を何冊か買い、貪るように読み実践した。銀粘土を彫った経験がここで活きた。WAXにも通じる部分が多分にあった。 教室時代に学んだ平内、甲丸リングを切り出したパイプ状のWAXで作りそこにデザインをリュ―ターと呼ばれるドリルで彫っていく。

時間を忘れるほど没頭した

削りすぎたり割ってしまったりと一人でいろんな失敗の経験をした。でも一人なのがたまらなく良かった。失敗をしたらもう一個同じ物を作ればもう繰り返さない自分になっている。好きな音楽を聴きながら僕の中のインデックスは次第に膨大になっていった。作りたい物が形になる喜びに夢中だった。強みの上にどんどん技術が築かれていく感覚。

パソコンを通してのシルバースミスたちとの交流

この当時にはパソコンを買いすでに自身のHPを持っていて、デジカメで作った物をせっせとUPしていた。僕みたいなまだブランドとも言えないような駆け出しや、中堅どころの人達がBBS(掲示板懐かしい)などで繋がっており相互リンクなども盛んだった。それぞれが出す新作に皆が反応していた。楽しい時代だった。皆これで食べていくんだと本気だったと思う。良きライバルたちだった。少なくとも僕はそう思っていたし誰にも負けないって思っていた。
初めてのブレスレット

初めてのイベント参加、デザインフェスタへ

活躍しているシルバー作家さんがイベントに出ているのを知り、自分も出てみたいと思うようになった。ネットだけではなくいろんな人に自分が作ったものを見てもらいたかったから。作品数がある程度でき、日本最大級の物作りのイベント、デザインフェスタに参加したのが2005年頃だ。 これがその時の写真。センスのかけらもないブースで笑ってしまうがこれでも物すごく準備して挑んだイベントだった。本当に一生懸命だった。赤いチェックのシャツが僕で隣が手伝ってくれた兄。
ネットで知り合ったシルバースミスたちも遊びに来てくれて初めてお互いに顔を合わせた。その日はぜんぜん売れなかったんだけどそれ以上に行動をしているという事に満足をしていた。課題は課題、行動は行動。良くやったと思う。

新たな出会い

mixiが流行り始めたころでシルバーで知り合った人に招待してもらい参加した(当時は招待制だった)そこにはシルバー作家の集まりで「シルバーギルド」という非公開のコミュニティがあり、その中で色んな人と知り合った。グループでデザインフェスタにも参加もしたが残念ながら写真がない。 コミュ内の作家さんたちでテーマを決めてアクセサリーを制作しウェブ投票でランキングを決める企画があり「ハート」がテーマの時に一位になることもできた。
これは雨がテーマの時に作った作品。これは2位か3位だった。
また技術を公開し合う別コミュニティにも参加させてもらいそこでの技術共有は今でも僕の基礎の一つになっている。その一つが特別なWAXとの出会いだった。

一人の天才

HPをやり出した頃から一人 際立った存在の人がいた。その方が作るアクセサリーは装飾の域を超え芸術に入っていたと思う。今でも僕はその人を越える人を知らない。大きなブランド展開はされていなくて個人でのオーダーメイドがメインだったと思う。知名度以上の人っていうのは必ずどこにでもいるものだ。 先述した技術を共有するコミュニティはこの方が主催で、どういった流れなのか忘れてしまったが僕も入れてもらうことができた。 そこでは技術が解放されていた。また各自が色々な実験などもしており成功失敗関わらず投稿しあっていって興味深い内容ばかりだったが、その中で特に僕が気になったのが主催者の方が使っていたWAXが彫金用ではなく歯科技工士用の専門の材料だったことだ。 精密な彫りには欠かせないとのこと。僕はその方の超絶技巧の一端を見た気がした。驚くことに当時販売もしてくれて早速僕はその材料を手に入れた。※非公開グループでのことなので商品名は伏せます。 使ってみると通常のもよりもサラリとしていてサクサク彫れる。また低温で溶けてくれるので細かいところへの盛り付けがしやすい。このWAXを入手後作品の幅が広がった。 この頃は仕事が終わってから夜中までほとんど寝ずにWAXで原型製作をしていた。
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DragonAshとのコラボ

このあと大変にお世話になる方とmixiで知り合った。名古屋でアパレルブランドをされている方だ。確か僕の作品を面白いとコメントしてくれ、そのことが縁になって商品をお店に置いてもらえることになった。僕は販売スキルが乏しく、その方には多くのことを学ばせてもらった。お店近くに事務所がありそこでの会話はクリエイティブそのものでかっこよかった。 ある日打ち合わせがしたいといわれ伺うと、DragonAshが今度出す新曲とのコラボ作品を作ってみないかと声をかけていただいた。プレゼント企画の景品だ。 大きな話に僕は興奮した。帰り道は街が輝いて見えた。そして作り上げたのがこちらDragonAshのシンボルである百合にイニシャルを透し彫りにしたペンダント。いい出来だったと思う。

オーダーメイドを始める

以前から友達や知人へオーダーメイドでアクセサリーを作ってはいたがHPから正式に受け付けることにした。その時に作った作品群の一部。
Unicode

ブランドからの依頼

五周年記念で作られたブランドとのコラボ企画。ブランドのアイコンをもとにしたメキシカンリング。
好評で六周年でも再度ご依頼いただきました。

ある日、自分が何を作りたいのかが分からなくなった

気が付くと教室に通いだしてから7年が経っていた。 長い時間、アクセサリーを自分なりに作ってきたがこの頃から自分の作品の方向性に悩むようになってきた。デザインがぶれ始めた。 他作家さんの作品を見ては自分と比べ落ち込むようになり、自分にはできないことをやろうとまた強みではない弱いところに活路を見出そうとするようになっていた。そんな日が続き次第に作品を完成させられなくなってしまった。 スカルやクロスのデザインから抜け出せないことにも悩むようになっていた。本当に僕が作りたいものはなんなんだろう。 そこには大きな壁が立ちはだかっていた。
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